洛陽観音巡礼 <第30番 椿寺 地蔵院> |
かんのんへ まいるおてらを たずぬれば
なにかわばたの じぞうどうとや
当院は昆陽山地蔵院と言い、神亀三年(726)行基菩薩が聖武天皇の勅願によって、摂津国昆陽池のほとりに一宇を創建したのが始まりと言われています。
その後平安期になって衣笠山の南に移され七堂伽藍を完備した名刹でしたが明徳二年(1391)の内野の合戦によって堂宇残らず廃塵となりました。足利義満公は、深く当院の荒廃を惜しみ金閣寺造営の余材を以て仮堂を建て地蔵菩薩を奉安しました。次いで天正十七年(1589)豊臣秀吉公の命によって一条紙屋川西の現在の地に移りました。
普通、椿は花が丸ごと落ちるのが多いですが、この椿は花びらがほどけて散ります。
三月下旬から四月中旬に、白、赤、薄紅、絞りなど五色の花が咲きます。このことにより「椿寺」と呼ばれるようになりました。
(観音堂)
十一面観音は慈覚大師の作で一本造り、立像、御丈五尺三寸。
十一面観音は秘仏ですが、元日から三日、春秋彼岸中と地蔵盆8月23.24日に御開帳があります。
京都市北区一条通り西大路東入ル大将軍川端町2 ☎075-461-1263
==============================================
参考資料
「洛陽三十三所観音巡礼」平成洛陽三十三所観音霊場会
「京都観音めぐり」京都新聞出版センター
==============================================
この寺を出て右方向へ(大将軍通り)少し歩くと大将軍八神社があります。方位を司る神様です。