醍醐山 醍醐寺 |
大峯山の奥駈を再興
十三世紀の末につくられた『天狗草子絵巻』には、醍醐寺の桜が満開に咲き誇る舞台で舞楽が行なわれ、それを天狗たちが取り囲んでいる桜会の様子が描かれています。醍醐の桜は平安時代から有名だったのです。その醍醐の桜を最も有名にしたのは秀吉が慶長三年(1598)に開いた豪華絢爛な花見でした。三宝院の庭園も五重塔も見事ですが、醍醐寺が醍醐寺たる所以は、聖宝(しょうほう)・理源大師にあります。聖宝は、霊異相承・実修実証の祈りの原点を、役行者が開いた山岳修行に求め、山岳密教実践(修験道の真髄)を明らかにして、修験道当山派の祖と崇められています。
日本最大級の文化財
醍醐寺には平安時代から江戸時代のものまで九十棟近い建造物があります。国宝、重要文化財が十六棟、その他絵画・彫刻・書跡・工芸の国宝、未指定の文化財十数万点という膨大な数にのぼります。日本の文化財は醍醐寺をはずして語れません。
そこにも、聖宝・理源大師が説かれた「実修実証・・・自らが修め、現実社会に証して行く」の教えが脈々と流れています。
江戸時代、三宝院に属する修験(山伏)を「当山派」と称する事を幕府が許可し、その教風が一層広まりました。現在醍醐寺に所属する山伏は2600人。聖宝・理源大師の教えを受け継ぎ、活発に活動しています。毎年春に行なわれる花供入峯修行もその一つです。
京都市伏見区醍醐東大路町22 ☎075-571-0002
参考引用書籍 「役行者霊蹟札所巡礼」
役行者霊蹟札所会 朱鷺書房 写真・御朱印 blog管理人