法語=和願愛護大阪府東大阪市菱谷西4-5-15 ℡06-6721-9561

伽羅陀山延命寺はもと一心庵と称し、明治13年3月仏定上人により中興されました。寺の起こりは1662年頃京都鹿ヶ谷法然院二世忍徴上人が、岩清水八幡宮の境内に一堂を建て身丈一丈六寸(4,25m)の地蔵尊を安置したことに始まります。

地蔵菩薩はその美しい姿と霊験により多くの信者を集めていたと伝えられています。そののち三百年あまり経て、明治維新政府の出した神仏合祀禁止令により平安城南、昌玉庵に還されますが辺境のため人々の香華供養も滞りがちでした。法然院二十五世仏定上人はこのことに深く心を痛めていましたが、たまたま大阪高津に一心庵と言う無住の荒れ寺があるのを知ります。早速信徒とともにこれを大阪随一の繁華街難波新地(現在高島屋あたり)に移し新しい堂を建て、延命地蔵尊を迎えその名を延命寺と改めました。これにより急速に信者も増え黒門市場より延命寺までを延命寺通りと呼ばれるようにまでなりました。その後社会情勢の変化とともに、今の小坂、長瀬川沿いに居をかまえ現在に至っています。

この延命地蔵菩薩座像は鎌倉時代後期の作と伝えられ地蔵菩薩像としては全国に珍しい大型木彫り(檜材寄木造)で、やさしく慈愛に満ちた目もと、ひきしまった口元、右手に錫杖左手に宝珠を持った壮麗な座像です。


大数珠玉


昔インドでは仏像を造る事は恐れ多くて仏さまの足形、輪宝、塔、菩提樹などを釈尊がそこに居られるしるしとしてあがめ、礼拝していました。足裏の長さの約7倍が身の丈とされていますのでここ、延命寺の仏足石は、長さ1.2mですからここには8.4mのお釈迦様が立っておられるのです。(お寺の説明文より)この石は御影石の一種でアフリカのジンバブエからきたものです。その石の名前も「ジンバブエ」というそうです。大きさは縦1.9m、横2.3m。
もう皆さんご存知の、あの木に彫ったお不動さまの仏師の西村公朝が描いた原画だそうです。

参考資料(河内西国巡礼)