暗殺された姉小路公知(あねがこうじきんとも)が眠る
猿が辻にて暗殺された姉小路公知のほか、岩倉具視の腹心として活動した国学者玉松操の墓や多くの皇族の陵墓があることで知られています。文久三年(1863)五月姉小路公知は猿が辻で三人の刺客に襲われ暗殺されました。享年25才。尊王攘夷派だった姉小路公知が、勝海舟との出会いで次第に開国へと傾いていたことが尊王攘夷の志士の怒りを買ったためとも伝えられますが真相は謎のままです。

浄土宗八総本山のひとつ清浄華院は、平安時代の貞観二年(860)、慈覚大師円仁によって御所内に創建された、禁裏道場がその始まりとされています。円・密・淨・戒の四宗兼学の道場として高僧を呼び集めて修学させ、また鎮護国家の祈祷をせしめたと伝わっています。
その名は浄土に咲くハスの花のように清らかな修行が出来る場所、という意味を込めて清浄華院と名付けられました。
清浄華院は朝廷や幕府の帰依を受けて、とくに室町時代は称光天皇や足利義教などの篤い帰依を受け大いに栄えました。国宝阿弥陀三尊像・重文の泣き不動縁起絵巻などがあります。


不動堂には大きなお不動さんが祀られていて、毎月28日に不動講護摩行なわれています。法然上人25霊場の23番札所にも指定されています。
参考引用掲載 清浄華院パンフほか
写真 ro-shin
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