
御祭神は素戔鳴命(すさのおのみこと)稲田姫命(いなだひめのみこと)八王子命(五王子、三王女)

当社は永仁二年(1294)3月15日勧請。祇園八坂神社と御同神に座し古来より北天王(北の祇園)と称し皇居守護神十二社中の一にして都の東北隅表鬼門に位置し、方除け、厄除、縁結び、学業の神として世の信仰厚く、後水尾天皇、光格天皇、修学院離宮行幸の砌御立寄り白銀等御奉納有り。
因みに剣聖宮本武蔵が吉岡一族と決斗せし当時の”下り松(さがりまつ)”の古木は本殿西に保存されている。

「独行道(どくぎょうどう)」は武蔵の有名な遺文で、武蔵が人に訓えるために記したものではなく、彼が自己の短所を自己に向かって、反省の鏡とする為に書いた座右の銘であったところに、独行道の真価があるのです。
武蔵が一乗下り松に立って多数の敵にまみえた日のまだ朝も暗いうちに、彼は死を期したこの危地へ来る途中で、八大神社の前で足を止めて、「勝たせたたまえ、きょうこそは武蔵が一生の大事。」と社頭を見かけて祈ろうとした。
拝殿の鰐口まで手を触れかけたが、そのとき彼のどん底からむくむくわいた彼の本質がその気持ちを一蹴して、鰐口の鈴を振らずに、また祈りもせずにそのまま下り松の決戦の場へ駆け向かったという。
武蔵が自分の壁書としていた独行道のうちに
「我れ神仏を尊んで神仏を恃まず」と書いているその信念は、その折ふと心にひらめいた彼の悟道だったに違いない。武蔵にこの開悟を与えたことによって、一乗下り松の果たし合いはただの意趣喧嘩とはちがう一つの意味を持ったものと僕はそう解釈する。
吉川英治「随筆宮本武蔵」より




少年たちが五月五日の大祭にむけて、剣鉾の練習をしていました。上の御朱印は八大神社 特別御朱印です。
参考引用掲載 八大神社パンフレット
写真 ro-shin
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