仏塔古寺十八尊 <第10番 小田原山 浄瑠璃寺> |
三重塔 (国宝)藤原時代
平安末の治承二年、京都一条大宮から移されてきたもの。初層内は扉の釈迦八相、四隅の十六羅漢図と装飾模様で壁面が埋められています。
平安中期の永承二年(1047)に薬師如来を本尊として浄瑠璃寺が創建され、六十年後の嘉承二年(1107)に阿弥陀堂が完成しています。阿字池を中心とした浄土式庭園が造られ寺観が整ったのは久安六年(1150)のことで国宝三重塔を京都から移築したのは平安末期の治承二年(1178)です。
この寺は東の薬師仏をまつる三重塔、中央宝池、西の九体阿弥陀仏から成り立っています。寺名は創建時のご本尊、薬師仏の浄土である浄瑠璃世界から付けられました。薬師仏は東方浄土の教主で、現実の苦悩を救い目標の西方浄土へ送り出す遺送仏です。この寺ではまず東の薬師仏に苦悩の救済を願い、その前で振返って池越しに彼岸の阿弥陀仏に来迎を願うのが本来の礼拝の形です。
「観無量寿経」にある、九品往生(くぼんおうじょう)、人間の努力や心がけなど、いろいろな条件で下品下生(げぼんげしょう)からはじまり、下の中、下の上と最高の上品上生(じょうぼんじょうじょう)まで九つの往生の段階があるという考えから九つの如来を祀ったと言われています。
京都府木津川市加茂町西札場40 ☎0774-76-2390