心の文字を描く |
六塵悉く文字なり。
(声字義)
眼に見える色や形や動きは文字である。耳に聞こえる音や声は文字である。鼻ににおう匂いも、舌で味わう味わいも、身体で感じる感触も、また文字である。眼に見えぬ心の動きも、実は文字である・・・と。
普通文字と言えば話し言葉や書いた文字をいうのであるが、お大師様の文字の意味は実に広く大きい。 顔色を見るというのも、顔色、目つき、態度が、その人の心の中を表している文字であるからである。草木や花は、その色や形や匂いによって、自分の生命を力いっぱい表現している。人間も髪型からお化粧、服装によって、自分を美しく表現しようとしている。花壇、盆栽、生花や絵画、彫刻、これも文字である。松風の音も、小川のせせらぎも、小鳥の鳴き声も、優しい和らぎに満ちた声も、怒号もお話も、歌も音楽も、それぞれの心境を歌った文字である。奥ゆかしい微妙なお香の匂いも、あでやかな香水の匂いも、あるいは嫌な匂いも、それぞれの奏でる文字である。お料理の味は、食べ物の持ち味と、主婦の腕による文字であり、踊りや優雅な物腰は、身体の動きによる文字である。
心の動きは、目に見えない内にひそんだ文字である。
引用掲載 弘法大師空海百話 佐伯泉澄著